「たとへばこんな怪談話 =チャット妖怪= 第3話」 その晩、マックが帰った後、居間で炬燵に入ってごろりと横になりな がら暫く考え事をしていた庄兵は、ふと何か思い立ち、むくりと起きあ がって、 「お八重さーーん」 と、大声で叫んだ…すると、炬燵の中で丸くなっていた猫達の中から一 際大きい三毛猫が庄兵の足下の炬燵布団から首だけ出して、庄兵の顔を 見上げて 「なんだい?」 と言った…猫がしゃべること自体尋常ではないが、お八重は、この秋山 の家に住み着く”猫股”である。静が亡くなると同時にこの家を出て、 今年の夏ふらりとこの家に返ってきた。庄兵はお八重が”猫股”と承知 で飼っているのである。 「お八重さん済まないけど、一寸聞きたいことがあるんだ」 「なにかね?」 お八重は、炬燵からごそごそ這い出し大きなのびをした。 「電話回線に済む妖怪とか、幽霊と言うのって居るのかい?」 庄兵の横で、耳の後ろを後ろ足で掻いているお八重を見下ろしながら 聞いた。 「ああ…最近、マックとか言う異人さんとごたごたやっている件かぁ …うーーん、昔は居たけどねぇ…電話に憑く妖怪ってぇのが…」 「やっぱり…居るの?」 庄兵はギクリとした、妖怪幽霊と言った物は”猫股”のお八重や守護 霊の静など日常に見慣れている癖に、根が元来恐がりであるため、”妖 怪”と言う言葉に反応してしまうのである。 「ああ、受話器の向こうから”もし”なんて言って悪戯したり、質の 悪いのなんざ、会話を曲げたり、真夜中にベルを鳴らしたりするのが昔 居たけどね、今はハイテクなどと言って電子化されちまったから、連中 消えちまったんじゃないかねぇ…」 前足で髭を撫でながらお八重は言った。 「ふーーん」 「あ、そうそう…この件については、あたしより静さんの方が面白い 話を知っているやね」 「えっ…ばあちゃ…い゛っだーー」 その途端、庄兵の後頭部にゴツンと拳が当たった。 「静さんと、お言いといつも言ってるでしょ!」 振り返って見ると庄兵の後ろには、静が半分むくれて座っていた… 「ハイ、ハイ、ごめんなさい」 「ハイは、1回でいいの!」 「ハイ!」 「ヨシ!」 静はまだむくれていた。それを見て不思議に思った庄兵は 「今日は、やけに突っかかるね、静さん」 と、後頭部をさすりながら言った。 「…だって、今まで仲間外れにされていたんですもの…」 静は、そうつぶやくと下を向いた。 「仲間外れって…今回の件に関しては、今まで静さん何もしてくれな かったじゃないか」 と庄兵が言うと、静は急に声のトーンを高くして、 「…そりゃ、今回は…いままで、電気だとか電話だとかパソコンだと か言う機械の話でさ、私は何にも出来ませんでしたけどね…でも、妖怪 や幽霊と言った類ならまず、あなたの守護霊の私に聞くのが最初じゃな いかえ?」 と、変な理屈をこね始めた。 庄兵は、(変なところで、守護霊ぶるなぁ…)と、思いながら、 「そう言う訳じゃないよ、妖怪のことは静さんより同じ妖怪の…い゛ で!」 今度は、お八重の爪が畳についている庄兵の手を引っ掻いた。 「いてえなぁ!」 「どうせ…あたしゃ妖怪だよ!」 引っ掻かれた手をさすりながら、庄兵が言うと、お八重はそっぽを向 きながら切り返した。 「否定は、できんだろーが」 庄兵が口をとんがらかして言うと、 「ま…確かに」 と、クスクスと静が笑って言った。 「おいおい…静さんは、どっちの味方だい?」 そう、むきになったお八重につっこまれた静はハタと笑いを止めて口 をつぐんだ。 「まぁ…とにかく、電話に憑く妖怪の話を聞かせてくれないか、静さ ん」 庄兵は、静の方に向き直るとそう言った。 「そうねぇ…あれには、散々な目に遭ったからねぇ…」 と、静は苦笑いしながら言った。 …静の話はこうであった… 静がまだ女学生の頃、本牧の友達の所に遊びに行って、たまたま当時 海軍にいた友人の兄とその友人が来ていて、偶然知り合いになった。そ の友人の兄の友人と言うのが、当時、横須賀に入港していた新造戦艦長 門の乗組員の星野平吉…庄兵の祖父である…2人ともその場で一目惚れ をしてしまい、それ以来、何度か電話で話をする仲になった。 …そんなある時、いつものように電話をしている内に、なぜか電話の 向こうで会話がちぐはぐになり、仕舞いには喧嘩別れ寸前になりそうに なったそうである。幸い、祖父平吉が静の元に乗り込んできて口論の末、 仲直りをしたというのだが、原因は、お八重に調べて貰ったら、なんと ”電信鬼”と言う妖怪が、当時近所でも評判の美貌を誇った静に横恋慕 して、平吉との電話の会話をねじ曲げていたことが判明したそうである。 それを知ると静には、思い当たる節があった…平吉と電話で話をする 様になってから、やたら変な電話があったそうである。 「そう…」 (こんな時から、静さんは妖怪とつき合いがあったのか…) 庄兵は、子供の頃から静に聞かされていた怪談話や妖怪話のことを、 実は殆ど静の体験談ではないかと思い、背筋がゾクゾクし出した… 「…でも、”電信鬼”の奴ぁ、あたしの脅しに屈して、もう悪戯しな いと誓ったはずでは…」 お八重は、髭をピクピク動かしていった。 「そうよねぇ…」 静がその白魚のように細い指を顎に当てながら言った。 「でも…今の世の中、”電信鬼”はまだいるのかしら…」 「ううーん、そうさね、妖怪って奴ぁ案外適応性が強いからねぇ…あ の”ぬらりひょん”だって、昔は忙しい店に上がってお茶を啜っていた だけだが、今では、政治家や有名人のパーティーに紛れ込んで、美味し い料理やお酒を飲み食いしているからねぇ…まんざら、”電信鬼”も今 のハイテク交換機に適応した奴が出てきているのかも知れないやね。そ れに…」 と、お八重は難しい顔をして言った。 「それに…?」 聞き返す庄兵にお八重は言葉を続けた。 「今度の件を端から見ていると、どうも昔静さんを困らせた”電信鬼” とやり口がにているような気がするやね…こいつぁ、ちょっくら行って 調べてくる可能性があるなぁ…よし!善は急げだ、ちょっくら行って来 るかぁ…!!」 「行って来るって…どこへ?」 「決まってるやね、交換局だよ!庄兵さんは、そのネットとやらに入 って、”電信鬼”を捕まえていておくれ!!」 と言うと、お八重は脱兎のごとく駆け出していった。 「ちょっと…」 庄兵は、お八重を止めようとしたが、お八重は既に外に飛び出してい った後だった。 庄兵は書斎にはいると、お八重に言われた通りパソコンの電源を入れ、 ネットにアクセスした。 その間庄兵は、 「もし、”電信鬼”が悪戯していたとしても、実際にこちらに不都合 なことになることは起こっていないし…確かに電話代がかさむのは困り 者だけど、チャットの内容はごく普通の世間話だし、向こうが悪戯する 気がないのなら、そっとして置いてもいいんじゃないかなぁ…」 と、つぶやいた。その言葉を聞いて、静は 「庄兵さんは、優しいね…」 と、庄兵の後ろで目を細めた。 庄兵がネットに入って暫くボードを巡回していると、 ----------------------------------------------------------------- *電報が届いています。 [To ID ] = TOMOE : 秋山さんチャットしましょ!巴(^^)/ ----------------------------------------------------------------- と、何も知らない”電信鬼”から電報が飛び込んできた。 庄兵は、平然として”電信鬼”からのチャットに応じた。 …そして、暫くして、 ----------------------------------------------------------------- *チャットルーム ・ ・ ・ [TOMOE ] = なっ…なに、あんたは…? [TOMOE ] = こっ…こら、やめなさい! ----------------------------------------------------------------- …どうやら、お八重が”電信鬼”を捕まえたようである。 暫く、パソコンのディスプレイ上には”電信鬼”の独り言がスクロー ルされていったが、 ----------------------------------------------------------------- =回線が強制切断されました。= ----------------------------------------------------------------- と、ディスプレイ上に表示され、電話が切れた。 暫くして、お八重が帰ってきた。 「いやぁ…、なかなか見つからなくて…、最初保土ヶ谷の交換局に行 ったら居なくて、近所の交換局を片っ端に探しても居なくて、横浜の交 換本局で、やっと捕まえたよ」 お八重は、炬燵の上に上がると得意そうに言った。 「やはり、”電信鬼”だったの?」 と、静が心配顔で聞くと 「ああ…新手の”電信鬼”だった…最初、強気でいたけど、こっちが 交換機の配線2,3本かみ切ってやったら、あっさりと降参したやね」 「2,3本…?」 庄兵は驚いた。後で知ったことだが、その晩横浜一帯は電話回線が2 時間ほど不通になったそうだ… お八重は、庄兵の驚いたことも気にしない風に、 「今度も、ちゃんと言い聞かせたよ、『庄兵さんにちょっかいだすな !』って」 「そう…よかった…」 静は、ほっと胸をなで下ろした。 しかしその翌日、庄兵がネットに入ると、 ---------------------------------------------------------------- *電報が届いています。 [To ID ] = TOMOE : 秋山さんチャットしましょ!巴(^^)/ ---------------------------------------------------------------- と、”電信鬼”から電報が飛び込んできた。 「こいつ、性懲りもなく…」 怒って飛び出していこうとする、お八重を押さえて、庄兵はチャット に応じた。 ----------------------------------------------------------------- *チャットルーム ・ ・ ・ [TOMOE ] = ごめんなさい、今までご迷惑をおかけして… [TOMOE ] = 私は、昔あなたの祖父母にご迷惑をおかけした”電信鬼” の娘です。 ----------------------------------------------------------------- 「…なんですって?」 静が叫ぶように言った… 「静さん、黙って…」 庄兵は、静をなだめた。 ”電信鬼”の告白は続いた… ----------------------------------------------------------------- *チャットルーム ・ ・ ・ [TOMOE ] = でも、父はあの後改心して、電話交換機が新しくなるとと もに消えて [TOMOE ] = いきました。 [TOMOE ] = 私はお八重さんと、二度とあなたにちょっかいはしないと 誓いましたが、 [TOMOE ] = 最後に一言お別れが言いたかったのです。 [TOMOE ] = 庄兵さん、覚えていますか?子供の頃、私と会話して遊ん だことを… ----------------------------------------------------------------- 「アッ!」 庄兵は思いだした、幼い頃、静の所に遊びに行って電話機を玩具にし てしかられたことを…ダイヤルを回すことさえ知らなかった自分が、受 話器の向こうから聞こえる声と、とりとめのない会話をしていたことを… ----------------------------------------------------------------- *チャットルーム ・ ・ ・ [AKIYAMA ] = あのときの声の主は貴女でしたか? [TOMOE ] = はい、思い出しましたか?(^^) [AKIYAMA ] = そうでしたか… [TOMOE ] = 私は、偶然あなたを見つけ、懐かしくなってつい長々とチ ャットに [TOMOE ] = 誘ったのです。 [TOMOE ] = 私は、決してあなたにご迷惑をおかけする気はなく、ただ チャットで [TOMOE ] = お話ししたかっただけなのです… [TOMOE ] = それだけは、信じて下さい。 ----------------------------------------------------------------- 「そうだったのか…」 庄兵は、感慨深くなった。 ----------------------------------------------------------------- *チャットルーム ・ ・ ・ [TOMOE ] = …では、長々と私の言い訳を聞いて下さってありがとう御 座いま [TOMOE ] = す。もう二度と、逢うことはないでしょう… [AKIYAMA ] = まって! [TOMOE ] = はい? [TOMOE ] = あなたに悪気がないことは、判りました。 [TOMOE ] = これからも、私と会話を続けていただけませんか? [TOMOE ] = …いいのですか? [AKIYAMA ] = ええ。 [TOMOE ] = 嬉しい!(^^) ----------------------------------------------------------------- 「ちょっとちょっと、庄兵さん!そんなこと言っていいのかい?」 お八重が庄兵の膝をつついて言った。 「だって可哀相じゃないか、別に誰に迷惑掛けている訳じゃなし…」 そう言った、庄兵の顔は明るかった… …そうして、この件はその週の週末、事の顛末を多少修正してマック に報告した。 マックは、最初庄兵が言ったことを自分を慰めるためのジョークだと 思ったが、庄兵が自分が持参したノートパソコンで"TOMOE"と会話し、次 いでマックのパソコンにも"TOMOE"と会話が出来るようにすると、 「…マイガッ」 と、目をむきだして驚いた。 しかし、マックが"TOMOE"と会話を進めるに至って、マックも驚きなが らも"TOMOE"を受け入れるようになった。 マックはようやく、事の次第を理解し、"TOMOE"と言う名のIDを”電 信鬼”の為に用意した。 …こうして、マックのネットには新たな”妖怪会員”が加わるように なった。 =終わり= 藤次郎正秀